ヘリコバクター･ピロリ菌3

紆余曲折と衝撃の事実

ヘリコバクター・ピロリ菌は、いつごろ発見されたのだろうか。そ
の発見の物語には少しの紆余曲折と衝撃の事実があって面白い。

まず紆余曲折からいこう。人の胃に細菌がいるらしいと分かったの
はおよそ100年も前のことだった。しかし当時の常識では､胃の強烈
な酸の中に棲める細菌などいるはずがないと信じられていた。厚い
ビフテキさえ溶かしてしまう胃酸である。ミクロン単位の細菌など
たちどころだと思うのが普通である。

その常識と闘う科学者はそれでもいないわけではなく、胃の中の細
菌発見の研究は細々とながら続いていた。ところが20世紀の半ば著
名な消化器系の学者がこういったのである。｢今まで胃の中に棲む
といわれてきた細菌は偶然にして胃を通過していただけのものだ｣
と。これでヘリコバクター・ピロリ菌の研究は、それまで確固とし
てあった常識にも押されて、その後の長い期間に亘って頓挫した。
これが発見に至る以前の紆余曲折である。

この歴史を書き換えたのがオーストラリアの医師だった。一般にヘ
リコバクター・ピロリ菌の名とともに記される２人の医者の名があ
る。それはJ.ウォーレンとB.マーシャルである。ウォーレンは1975
年ごろからヘリコバクター・ピロリ菌の特定に確信を持っていた。
彼の研究を後に共同で行うようになったのがマーシャルである。

そのマーシャルが1984年７月のある日、苦心惨憺の末に培養を成功
させたヘリコバクター・ピロリ菌を、あるまいことか、飲んでしま
ったのだ。培地からかき集め、ガラス容器の液体に入れて攪拌した
そのカクテルは、彼によれば｢沼の水の味｣に似ていたという。彼は
何のために菌を飲んだのだろうか。それはヘリコバクター・ピロリ
菌が、病気を引き起こす細菌であることを証明するためであった。

当時ヘリコバクター・ピロリ菌は、ブタなどの動物実験を繰り返し
ても感染せず、人に感染さて胃の酸の中にすむ病原菌であることを
証明してみせる手だてはこうする以外なかったのである。そして飲
まれたヘリコバクター・ピロリ菌はみごとマーシャルに感染し胃の
さまざまな病変症状をひき起こした。

しかし、なんともまあ恐ろしいことをするものだ。だがこのおかげ
で、ヘリコバクター・ピロリ菌は強烈な酸のある胃の中に棲み、さ
まざまな胃の病気を引き起こす細菌であることがあばき出されたの
である。これが先に述べた衝撃の事実である。この話はヘリコバク
ター･ピロリ菌を語るときには必ずというほど引き合いに出される｡
すでにご存じの方も多いにちがいない。

[4]へ続く