遙かなるミルクロード2

乳は白い血液である

卵生の動物は、卵の中に子どもが育つだけの栄養分を貯えてこれを
生む。ところが哺乳類は、生まれた子に対し滋養に満ちた乳を与え
てこれを育てる。哺乳類誕生は今から１億5000万年前だといわれる
が、乳による子育ては、いったいどのような生物行動学的な戦略に
基づくものだったのだろう。思えば不思議な選択である。

爬虫類から進化したばかりの哺乳類がいかなる授乳を行っていたか
は、卵で生んで乳で子どもを育てるカモノハシの生態に現れていそ
うである。カモノハシは爬虫類と哺乳類の中間にある原獣亜綱に属
する動物で、進化学上珍しい動物である。

彼らの授乳は人を始めとする哺乳類とはだいぶ違う。彼らはいわゆ
る乳房や乳頭というものを持たない。腹のところに後に乳房に進化
することになるはずの｢乳野(にゅうや)｣と呼ばれるものがあるだけ
だ｡ここにはおよそ100ほどの乳腺が､まるで汗腺のように広がって
皮膚表面に開口している。母親はこの乳野を自らのくちばしで突つ
いて刺激することで乳を分泌する。子どもたちはこれをなめるよう
にすすって飲むのだという。

乳で子どもを育てることをラクテーションというが、この行為には
意味深いものが隠されている｡｢乳は、哺乳動物が自分の子を哺育す
るために乳腺上皮組織で生合成し、分泌する白色不透明な膠質液体
である｣とは、乳科学の泰斗･佐々木林治郎博士の言葉だが､｢乳房か
ら分泌する｣としないのは､乳野で授乳するカモノハシなどの原獣亜
綱の存在があるからだろう。また膠質とは｢こうしつ｣と読み、微粒
子あるいは巨大分子が分散するようなコロイド状態を指している。

乳が白く見えるのは、こうしたコロイドが光を乱反射するからだが
これらコロイドの高分子構成の半数以上は血液のそれに酷似してい
るという。その意味で乳は｢白い血液｣ということも可能だろう。現
にカンガルーの乳はピンク色をしていることがあり、血に近い原始
的な乳であると考えられている。

乳は、自然の中で哺育される動物の子にとっては完全栄養食だとい
える。しかもこの完全栄養食にはさらに重要なものが含まれる。そ
れは最初の授乳として分泌される｢初乳｣に新生児の病気を予防する
ための免疫抗体が数多く含まれているという事実だ。ラクテーショ
ンとは単なる子どもへの食料授与だけでなく、いわば命の源を授け
る行為だということができよう。

[3]へ続く