ペインクリニック4

ペインクリニック効果

神経ブロック法のブロックとは遮断の意味である。持続する疼痛を
麻酔などを利用して遮断し、痛みから解放するのだ。それはこうい
うことである。痛みは、運動神経や交感神経を刺激して筋肉や欠陥
の攣縮(れんしゅく)をおこして血行不良を招く。その結果、痛みの
部位は酸素不足や代謝不良を起こして痛みを増加させる。この悪循
環に陥っている疼痛反射路と呼ばれる部位を遮断することで悪循環
を断ち切るのが神経ブロックである。

頚、胸、内臓、腰にある交感神経節をブロックする方法では、それ
ぞれの部位の知覚や運動神経に影響を与えることなく支配領域の血
行をよくし、痛みを遮断して炎症を抑え、自然治癒力を促すのだ。
偏頭痛、腰痛、手術後の痛み、怪我の痛みなどは、この方法で遮断
を繰り返すことにより本来の治療の目的を達成することができる。

これに対し、癌のように長期間わたる痛みには、痛みの悪循環遮断
だけでは対処しきれない。そこでアルコールやフェノールなどの神
経破壊薬を用いる場合もある。フェノールをグリセリンに溶いてク
モ膜下腔に注入することにより、１年以上にわたる疼痛遮断の効果
得ることができる。

また三叉神経痛という横綱級の痛みには、アルコールが用いられる
が、長い場合には、10～20年の長期効果が発揮されるという。さら
に神経への加熱や冷却で痛みを遮断する熱凝固法や冷凍神経ブロッ
クといった物理的神経ブロック法もある。総じて神経ブロックには
およそ50ほどの療法があり、これらを巧みに組み合わせて患者を疼
痛から解放するのがペインクリニックである。

なお神経ブロックは、顔面神経麻痺、顔面痙攣、しもやけ、突発性
難聴などにも効果を発揮している。近年では、副腎皮質ステロイド
が有効な症例(例えばアトピー性皮膚炎など)のうち、交感神経節ブ
ロックで治療が置き換えられる例もかなり見られるという。

取材した関東逓信病院のペインクリニック科には１日約140～150人
の外来患者が訪れる。ヘルニア治療に加えてその痛みを抑えるため
に来院する患者、三叉神経痛、顔面麻痺、顔面痙攣などの治療のた
めに来院する患者。さまざまである。

だが中には痛みのよってきたる病因が分からずにここへ緊急避難す
る患者も多数いるという。たとえばストレスなど神経や精神的なも
のに起因する痛みは、頭部、内臓、目、耳、手足などに現れるけれ
ども、内科や耳鼻科などにいっても、はっきりした理由が分からな
いケースがあるのだ。そうした痛みを抱えた患者が医師の紹介でこ
のペインクリニック科を訪れる。

ペインクリニック科の医師たちは、患者の痛みを取りながらそれぞ
れの専門医と連携して治療を施していく。患者は、まず耐え難い痛
みから解放されるだけで生き生きと蘇生していくものだという。

また痛みは、ヒステリー症や鬱病の結果としても現れる。しかしそ
の痛む部位を診察しても何の異常も見い出せない。従来こうしたケ
ースでは、痛いはずがないと医師に諭される場面がないではなかっ
た。が、痛みは患者の病状のひとつの発現である。この痛みと向き
合うことで、患者が抱えている病の本質に迫ることができるのだ。

ペインクリニック科では、内科医師の紹介により鎮痛の目的で来院
した患者を、その症状によっては神経科と提携して治療にあたるケ
ースもあるという。痛みのよってきたる原因によりその治療方法は
多岐にわたる。人の病の複雑さを示すものだといえよう。

癌疼痛を解放することで、患者のクオリティ･オブ･ライフを高めな
がら、生きる意志や治療への意欲をかきたてていく医療。またきわ
めて現代的なストレスに起因する痛みを取り除きながらその原因へ
と遡って専門医とともに治療に当たる風景。そうした中から行われ
る、ヒステリー症や鬱病などという真の病因発見。ペインクリニッ
ク科の治療行為は、人間が単純な病因のみで発病するものではない
複雑な生き物であることを、しみじみと実感させてくれる。

と同時に、複雑な社会的環境下に置かれざるを得ず、原因不明の痛
みにいつ襲われるかもしれないという不安を抱えた現代人にとって
ペインクリニックの存在はひとつの福音であるといえる。

またターミナルケアによる尊厳死を考えるとき、鎮痛という手段は
人の最期の尊厳を守るための駆け込み寺であるのかもしれない。そ
うした医療の現実を、単なる痛みからの救済だけではないという意
味で｢ペインクリニック効果｣呼びたいと思う。

[取材協力及び監修]
関東逓信病院ペインクリニック科部長･医学博士／塩谷正弘氏

＊注
関東逓信病院は取材時の名称で、現在では｢ＮＴＴ東日本関東病院｣となっています。
http://www.ntt-east.co.jp/kmc/index.html