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癌疼痛を解き放つ
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医学の歴史は痛みを克服しようとする歴史だったといっていいかも しれない。なぜなら 痛みはクオリテｨ･オブ･ライフ(Ｑ０Ｌ)、すな わち生きることの質を著しく低下させるからだ。痛みを我慢する精 神的抑圧、痛みに襲われる恐怖、それを思う暗澹たる気持ち、そし て生きることへの諦め････。 生きようとする意志の積極性が疎外されること。それがＱＯＬの低 下である。病との戦いの前に痛みとの闘いで敗れてしまっては、病 を克服することはできない。それ故に、痛みのコントロールは医療 全体にとってきわめて重要な課題のはずであった。 そうでありながら、痛みをコントロールする医学は、なぜか脚光を 浴びることも少なく、その進捗も決してスムーズではなかった。そ れは、医療の敵が常に眼前の病そのものであり、痛みを抑制するこ とへの配慮が手薄にならざるを得なかったという背景もあろう。し かし現在ではＱＯＬという考え方から、痛みを抑えることが医療効 果を上げる上で、実に重要な課題であることが認識されている。 ことに癌は、悲惨な痛みに襲われることの多い病である。そのため ｢癌の恐怖は死の恐怖よりも痛みの恐怖だ｣と指摘する医者もいるほ どである。癌の痛みの多くは、突然激しく襲ってすぐに消えていく 痛みであるより、一定の痛みが持続する疼痛である場合が多い。発 癌の部位によっては激しい痛みとして持続する。 この痛みをコントロールすることができれば、癌という病の悲惨さ からかなり解放される。そのために 生まれてきたのが緩和医療(パ リエイティブ・メディスン)と呼ばれるものである。 1960年代、イギリスにおいて癌疼痛の緩和医療に関する研究がスタ ートした。70年代に入り、モルヒネの入ったプロンプトンカクテル と呼ばれる経口薬が開発され、癌疼痛に効き目が高いと、少数の医 師の間で使われるようになった。 が、モルヒネには麻薬中毒というイメージが付きまとう。このため 多くの医者は、これを使うことを躊躇した。しかし英国における研 究は やがて近代ホスピス発展の基礎となり、その後ＷＨＯ(世界保 健機構)の癌疼痛救済計画へと結実していくことになる。 1986年、その計画が始動しはじめ、｢ＷＨＯ方式癌疼痛治療｣が世界 に広まることとなった。癌の痛みを３段階にわけ、それぞれの段階 にアスピリン､コデイン､モルヒネを利用しようとするものである。 弱い痛みには腱鞘炎鎮痛薬のアスピリン、中程度の痛みには鎮痛薬 のコデイン、そして激しい痛みにはモルヒネ。これらを経口薬とし て投与することで患者は癌の痛みから解放される。モルヒネには便 秘、吐き気などの副作用も認められるが、緩下剤、制吐薬などを併 用すればいい。また不安を抱かれがちなその中毒性についても、医 療用モルヒネはまったく問題がないという。 中でもモルヒネの効果は絶大で、90パーセントの患者はこれで痛み から開放される。痛みによる不眠や食欲不振からくる免疫力低下が 進行することを考えると、痛みの解放がすでに癌治療の一部を担っ ているといっても過言ではない。それでも10パーセントの患者には まだ痛みが残る。かなりの疼痛コントロールが効くとはいえ残った 痛みは患者にとって辛いものだ。 こうした患者にとっての福音が、ペインクリニックである。モルヒ ネによるペインコントロールも、広い意味でいえばペインクリニッ クといえるだろうが、医療の世界におけるペインクリニックとは神 経ブロック法を応用して、主に疼痛の診断と医療を行うクリニック を指すものである。 そこで、ペインクリニックを初めて診療科として確立した関東逓信 病院を訪れて、その実際を取材してみた。治療の様子を若干ながら 描写すると以下のようになる。 ペインクリニック科に訪れた患者は、その痛みの実態などをはじめ 病疾の全体像を問診によって明らかにされる。この問診による患者 の訴えをどう聞き取るかが医師の力量となる。身体的に原因が求め られず、痛いはずがないといわれてペインクリニック科に救いを求 めにくる患者も多い。その患者に対し、医師は懇切丁寧にその症状 を聞きだし、鎮痛治療及びその病因を探る治療を行う。 痛みの拠って来る病因を探るために、診察室の傍らにあるベッドで 診察が行われる、反射神経をはじめとして、病因と思われる各部位 の綿密な診療が行われ、その診療に基づいた鎮痛のための神経ブロ ック治療処方が決定される。関東逓信病院では、こうした診療室が ６つ連なっており、ここで診察を受けたあと、その奥にある治療室 で神経ブロックをはじめとする治療を受けることになる。 星状神経節への神経ブロック治療は、首まわりの神経節を取り巻く 筋肉等を指で押すことによって周囲に排除し、直接皮膚下に星状神 経節を露出させ、指の間に注射器の針を沿わせて局部麻酔薬を打ち 込こんで神経ブロック治療を行う。星状神経節ブロックは、ペイン クリニックおいて幅広く用いられるブロック法で、交感神経節ブロ ックのひとつである。 硬膜外ブロックは、星状神経節ブロックと同様、ペインクリニック でよく用いられる治療方法のひとつである。これは交感神経、知覚 神経、運動神経のすべてをブロックする。側臥して猫のように背を 丸めることで背骨の間を開き、硬膜外への局部麻酔注射をしやすく して行う。かつて脳震盪の際、髄液を取るためにこの格好をして背 骨に注射器を差し込まれたあの疼痛を思わず思い出す(^^ゞ |
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