忌中

忌中
2002/01/16

昨夜、午後８時45分、17年間も生きてきた我が家の老描がみまかり
ました。我が家に来たときが３歳ぐらいのときでしたから、およそ
14年間、家族の一員として生き続けてきたメス猫でした。

死因はガンでした。昨年11月頃、あまり痩せてきたので獣医に見せ
たところ、もう手遅れということでした。一晩だけ医者に預けて引
き取り、その後は、自宅でずっと薬を飲ませながら介護をしてきま
した。余命１ヶ月と獣医には宣告されましたが、昨日までの約２ヶ
月近くを、実に健気に生き続けてきました。

友人の家でヒマラヤンのオスと一緒に飼われていて、そのオスとの
間に３回の出産をしました。３回目の出産後、友人が家を変わって
どうしても飼えなくなったときに引き取った猫でした。

引越し先でさまざまな事情があり、家の中ではなくベランダのケー
ジの中で子猫を含めて５匹の猫が飼われることになりました。その
様子をとどが見たのが真冬の寒空の日でした。元来、あまり猫好き
ではなかったとどにもその風景はしのびがたく、飼い主に話して５
匹すべてを引き取ることにしました。炬燵で丸くなるべき猫が寒空
の下でひどく震えてたものですから。

そして２匹の子猫はご近所にもらわれていきました。家族全部をば
らばらにするにしのびなくて、結局、子猫１匹と夫婦猫のあわせて
３匹は我が家で飼うことになったのです。とどにとっては、生まれ
て初めて飼う猫でした。

オスのヒマラヤンであるゲンタは、飼い始めてから１年後に、腎臓
で他界しました。元の飼い主に教えてもらった餌が、その後、友人
のブリーダーに聞いたところよくなかったらしく、３匹同時に血尿
を発症したのですが、メスは完治したにもかかわらず、オス猫は治
療も空しく他界しました。猫を飼うことに無知だったことを悔やみ
ました。その後は友人であるブリーダーの助言にしたがって餌を変
え、その後、母子はとも元気に過ごしてきたのです。

昨夜他界したメス猫はモンローといいます。オス猫とともに元の飼
い主がつけた名前でした。お尻を振って歩くさまがマリリン・モン
ローのようだというのが名前の由来でした。異なった血統種を両親
に持つ雑種でしたが、長毛のグレーグラデーションがきれいで、あ
る方に雑種だけのコンクールに出したらといわれたほどの美猫でし
た。まあ、半分は親ばかの思い込みかもしれませんが、お客様の多
くが、｢きれいな猫ですね、なんという種類ですか｣と聞いてくださ
ったところをみるとまんざら親ばかだけではなかったかも。

２ヶ月の闘病の間モンローは健気に生きました。だいぶ病が進行し
ているはずなのに、とどが食事テーブルにつくとそばへ寄ってきて
食べ物をねだるのです。元気なころは、お行儀がよくて、餌の時間
でも、器がひとつのときは他の猫が食べ終わるまで遠くでじっと待
っているような猫でしたのに。だいぶ弱ってきてからは、今度は餌
の時間になると餌をねだるようになりました。その姿は、まるで命
の炎が燃え尽きるまでは生きるんだといわんばかりに見えました。

もう、その健気さに涙が出る思いでした。きっと進行するガンで苦
しいと思われるのに、よたよたしながらも足元に寄ってきます。痛
みはなかったのでしょうか、苦しそうな姿は一度も見せませんでし
た。餌をそこそこ食べても、ただ日々、衰弱していくだけです。

３日ほど前から、餌をねだりに来なくなりました。そして自分の好
みの寝床でじっと寝ているだけになりましたが、名前を呼ぶと懸命
に顔をあげて反応しようとします。そんな姿が、もういじらしくて
いじらしくて、目頭が熱くなりました。

そして昨日、朝からほとんど動かなくなりました。餌を食べなくな
ってからは、スポイトで水だけをやっていましたが、日が落ちて暗
くなり始めたころから、その水もようやく受けつけるだけという状
態になり、ただ静かに静かに、寝床で横たわっているだけでした。

気にしながら、ずっとそばにいて様子を見続けていましたが、かす
かに息をしています。８時半ごろ、水をやるとわずかに両手両足を
歩くように動かすようなしぐさをします。元気なころを思い出して
歩いている気でいるのだろうか、と、女房と話しました。

そして、じっと様子を見ていると息をしている様子が希薄になって
きました。８時45分、ほとんど骨と皮ばかりになってしまったその
胸にそっと手を当てると、もう心臓の鼓動は聞こえませんでした。

眠るように、実に静かに静かに、縦容とした死の迎え方でした。苦
しそうな姿は一度も見せず、ただ静かに死に向かって健気に生きた
姿には、いつか我々も迎えるであろう死についてを教えられた気が
します。そんな荘厳な旅立ちでした。

命と触れあうことの喜びを与えてくれ、そしてたくさんの癒しをく
れたモンローの生き様に深く頭を垂れながら追悼をしたいと思って
います。今晩は夫婦で通夜を営み、明日は女房も会社を休んで荼毘
に付すための告別を行なう予定です。

玄関を開けたときに廊下にちょこんと座って迎えてくれるモンロー
は、もういません。その玄関を、明日は葬儀で彼女自身が出て行き
ます。再び帰ることのない旅立ちのために。