ふぐの話3

瞼､膨張､ひれ､四本歯

ふぐには、生き物としていろいろとおもしろい個性がある。例えば
一般に魚には瞼がない。だがふぐは奇妙な瞼がある。ふぐの目の周
囲をよく見ると少したるんだ皮褶と呼ばれるものが見えるが、これ
をカメラの絞りを思わせるような仕草で閉じるのだ。こんな魚はあ
まり見たことがない。

またひれを細かく動かして泳ぐさまがユーモラスだが、これはその
身体の構造に由来している。身体を構成する筋肉のうち、身体をく
ねらせて泳ぐ際に使う体側筋と呼ばれるものが発達しておらず、む
しろ背びれや尻びれを動かす屈筋が著しく発達しているためにあの
泳ぎ方になるのだ。こうした泳ぎ方では敵に出会ったときに素早く
逃げることはできない。ふぐが毒を身につけたのはそうした泳ぎの
不具合を補うための選択的進化だったという説もある。

ふぐのような膨れっ面といういい方をするが、何かに驚いたり敵を
警戒するときの膨れるさまは、まさにふぐの特徴といっていいだろ
う。口から急速に水を吸い込んで膨張嚢と呼ばれる袋にこれをため
込む。釣り上げられたときに膨れるのは空気を吸い込むからだ。こ
のとき皮膚に棘状の突起を持っている場合は、膨らむにつれてその
突起が一斉に立ち上がる。まるで毬栗(いがぐり)のようになるハリ
センボンなどはその代表のようなものだ。

ある実験によれば、飲み込む水の量は体重のおよそ２～４倍にもな
ったとする報告がある。その実験時には、体長20センチ程度のふぐ
で約１リットルの水を膨張嚢にためこむ姿が見られたという。

膨れる姿やユーモラスな泳ぎ方からすると想像しにくいのがふぐの
歯である。先に４本の歯を持つことが学名の由来だと書いたが、こ
の歯はきわめて頑丈で珊瑚などの硬いものを噛む習性から発達した
ものだといわれている。硬い板状になった歯板と呼ばれるこの歯に
よって、甲羅の硬い海老や蟹、巻貝までも砕いて食べる。

その一方でとがった口先も餌をとるには大変都合がいい。その口か
ら海底に水を吹きつけるのである。そして砂の中に潜んでいる沙蚕
(ごかい)や海星(ひとで)などをあぶり出すようにして補食する。一
説にはその水を｢吹く｣姿から｢ふく｣の名前を得たとする説もある。

ふぐはまた身体を膨らませるときにこの嘴状の歯をきしらせて音を
発する。水中は空気中に比べて音の伝導率がいい。身体を膨らませ
ることと相まって、この歯ぎしり音は高い威嚇効果を示すことにな
るはずだ。鳴く魚というのも珍しい。

そんなふぐの丈夫な歯が人の指を噛むことがあると、時には指を食
いちぎるほどだというから、生きたふぐを扱う人々は油断がならな
い。そのためふぐの延縄漁(はえなわりょう)においてはふぐが釣れ
るとその場でペンチを用いて歯を折ってから水槽に入れるのだ。

しかしふぐが噛むのは人の指だけではない。ふぐ同士でかみ合うこ
ともある。ふぐは大変神経質な魚で、身体が触れ合うと噛みつく習
性があるという。この習性が実はふぐの養殖において大きな障害に
なっている。狭い生け簀の中で稚魚が噛み合ってしまうのだ。その
傷が病気や生育不良のもとともなる。

そしてこの習性がふぐの天然物と養殖物を見分けるひとつの目安に
もなっている。天然のトラフグはその尾びれが扇形に広がるが、養
殖のトラフグではほとんどが尾びれに噛みつき合いの痕が残ってい
て尾がきれいな扇状にならないという。

さらに稚魚のうちに放流されてほぼ天然で育つ栽培魚も稚魚の時の
傷を残して成長するため、天然物と同様の育ち方をしてもランク下
のものとならざるをえないのだ。そのあたりがふぐ養殖の大きな課
題となっている。しかし最近では養殖技術の向上により尾ひれに噛
みつき痕のないふぐの養殖が可能になりつつあるという。

[4]へ続く