ネットワーク考1

ネットワークの意味

コンピュータネットワークが広がっている。そのパワーはまるで留
まるところを知らず世界を変容させていく勢いだ。だがしかし本来
ネットワークというものはいかなるものなのだろうか。その本質は
どこにあるのだろうか。そこで、いくつかの本を紹介しつつ、ネッ
トワークとは何かをさぐってみることにしたい。

ある放送評論家と話をした。その時彼がふともらした言葉が印象的
だった｡｢一昔前まで、ネットワークといえば放送網を指す言葉だっ
た。それが今は放送に携わる者までがネットワークという言葉をほ
とんどの場合“コンピュータネットワーク”の意味で使っている。
また放送における場面でも、ネットワークの意味はほぼそのように
使われている｣。ネットワークに今昔の感ありというところか。

面白い比較がある。国内でよく知られている平凡社世界百科事典で
ネットワークという言葉を引くと、第１行目に｢テレビ･ラジオの放
送網、とくに全国放送網をいう｣と解説され､その後一貫して放送網
についての記述が続く。コンピュータネットワークについては項目
を別にたてている。

これに対しマイクロソフトのエンカルタでは､冒頭に｢網状の組織の
意味で、ラジオ､テレビ番組の供給網など｣とわずかに触れているだ
けだ。放送網については｢放送｣の項を参照するよう指示している。
そして｢コンピュータの分野では通信装置と回線によって接続され
ているコンピュータとその機器の集まりをいう｣と文章を続けたあ
とに膨大なコンピュータネットワークについての解説を続ける。

この違いは日米の違いというよりも、それら百科事典の初版がいつ
編纂されたかという時期の問題であるのだろう。前者の国内百科事
典初版が編纂された15年ほど前には、コンピュータネットワークは
まだ、きわめて特殊な世界のテーマだったのだ。それに比して近年
編纂されたアメリカの百科事典では、放送網というよりはむしろコ
ンピュータネットワークに対する一般の関心の方が高いという判断
から、ネットワークという項目にコンピュータネットワークの解説
をあてたのだろう。時代の変遷を感じさせる。

では、ネットワークとは、本来どのような意味を持つ言葉なのだろ
うか。外来語として定着してしまった言葉だけに端的な日本語に訳
すことは難しいが、広辞苑第五版によれば｢網細工、網状組織｣とい
う訳が冒頭に見えている。ネットワークという言葉の内実を探るに
は数学におけるネットワーク理論を見てみると分かりやすい。

数学におけるネットワーク理論では、こう述べられている。いくつ
かの頂点とそれらを結ぶ辺の集合からなる図形において、図形の頂
点および辺に対応する要素を、その流れやそこに流れるものに注目
する時、これを特にネットワークと呼ぶ、と。そしてネットワーク
理論では、ネットワーク上における流れについて最大または最小化
を求めるというテーマがあり、このテーマを解くのがネットワーク
理論の考察対象となっているのだ。

もう少し具体的に述べよう。例えば、ここに述べられている図形の
頂点に物流センターを置いてみよう。とするとそこから出る各辺と
は商品の流れを含むトラックや鉄道を用いた輸送の流れを意味する
ことになる。すなわち物流ネットワークだ。この物流ネットワーク
の効率化やそこにひそむ課題を数学的な手法を通して洗い出し解決
しようとすることが、ネットワーク理論の対象となるのである。

ネットワーク理論が持つ応用範囲はきわめて広く、道路網、鉄道網
などの輸送網や工学上の電気回路網、通信網などにおける諸問題分
析をはじめとして、社会学、経済学、心理学などといった社会科学
人文科学の諸分野におけるネットワーク型モデル分析にまで及ぶ。

その意味で、人が暮らすところ、ネットワークはどこまでもついて
まわるということができよう。人と人とがグループを作れば、その
間の連絡をどうするかという課題のもとに連絡網ができあがる。こ
れもまた立派なネットワークである。

そしてここにもネットワーク理論が顔を出す。どのような連絡網を
作り上げたら、効率的に連絡情報が流れるか、また間違いなく届く
かという課題を、私たちは自然のうちに検討し解決しようとしてい
る。ネットワーク理論そのものは、数学理論として難解な部分もあ
るが、実生活の中で目にし体験するネットワーク構築は、そうとう
に身近なものだといえよう。

[2]へ続く