体内金属2

なぜ金属が必要なのだろうか

我々人間の心棒が、実は金属で組み立てられていると聞けば、にわ
かには信じがたい気がする。しかし、からだを支える骨の主成分の
ひとつであるカルシウム(Ca)は、実は金属なのである。カルシウム
の戸籍簿を見てみると｢周期表第A族に属するアルカリ土類金属の代
表的存在｣とある。

金属状のカルシウムは、金属光沢のある柔らかな固体だが、化学反
応を起こしやすく空気や水とも激しく反応してしまうため単体のか
たちでは産出せず、一般的には炭酸塩(石灰岩､大理石)、硫酸塩(セ
ッコウ)などというかたちで広く存在する。

この｢金属｣であるところのカルシウムが、一定の配列をなして密に
存在する膠原原繊維(こうげんげんせんい)などに沈着しているのが
骨の実態である。だから人体に含まれる金属ではカルシウムが最も
多く、成人で約１キログラムほどだという。そしてその99パーセン
トが骨と歯に含まれている。

こうしたカルシウムの存在や、からだの活性に鉄や亜鉛、銅が必要
だとされる人間の生理を考えると、では、何故我々のからだにそれ
ほど金属が必要なのかという疑問が生じる。

通常の感覚からすれば、金属とは無機質なもので有機体である我々
生物のからだになじまない気がするものだ。その謎を解くためには
実は生命の起源まで遡らなければならない。耳慣れない言葉が頻出
するかもしれず少し長くなるが、お付き合いいただきたい。

一般の生命体に金属が必要な理由は、大幅に要約すれば以下のよう
になる。生命はその誕生のときから金属元素を生命分子の生産機構
と維持機構の歯車として組み込んできた。つまり、エネルギー効率
の高い生命活動を行うために、電子を周りにたくさん持っている金
属イオンが積極的に用いられたのだ、と。そのことを以下に多少詳
しく見ていこうと思う。

原始地球で有機物が生まれたプロセスは以下のように説明されてい
る。強い紫外線や落雷による高い刺激が与えられることで、アルミ
ニウムや珪素、亜鉛、銅などの無機元素が触媒となって、原始の大
気に含まれていた、アンモニア、炭酸ガス、一酸化炭素、水素、窒
素、塩化水素、硫化水素などを原料として原始生命物質の原型が作
られ、多くの有機物が組み合わされていったと。

そうした有機物を呑み込んだ太古の海は、いわば生命のスープで満
たされていた。ソ連(当時)の生化学者オパーリンは特定成分が濃縮
されたこのコアセルベートの特性を、生命の起源を語るにあたって
重要なひとつのモデルとした。生命が生まれる背景には、成分の局
所的濃縮が不可欠と考えたからである。

太古の地球では、微惑星によってもたらされた酸素はほとんど消費
し尽くされてしまい、大気に酸素はほとんどなかった。海の中で誕
生した原核生物といわれる原始生命は、酸素のない地球にあって二
価鉄イオンとして水に溶け込んでいた鉄を利用した。

原核生物たちは、太陽の光を使って硫化水素を分解した水素で大気
中にある二酸化炭素を還元して炭水化物を作ったと考えられる。こ
の時、二価鉄イオンは結合する有機化合物との組み合わせによって
幅広い酸化還元力を持つことができるので、海の中に豊富にあった
鉄イオンが生産機構として使われたのだ。

やがて原始的な光合成を行う海藻が生まれて大量の酸素が吐き出さ
れ、二価鉄イオンとして海にあった鉄を酸化鉄に変えて海の底へ沈
殿させた。余談だが、これが現在の鉄の鉱床となったのである。

この酸素は、それまでの嫌気性生物と呼ばれる酸素をエネルギー源
としない原核生物にとっては猛毒となった。ところがこの猛毒であ
るはずの酸素を用いて高いエネルギーを生産できる生物、すなわち
好気性生物がやがて生まれてきた。彼らは毒となる活性酸素を消去
する酵素合成のために銅を用いた。鉄イオンの酸化還元力でカバー
しにくい領域に銅イオンが用いられたと考えられている。このよう
にして生まれた真核生物こそが、我々の遠い遠い祖先なのである。

生命発生のときから重要な要素となった金属は、その後の生物進化
の中でも大いなる働きをしてきた。蛋白質、酵素、脂肪、糖類、核
酸類などの働きを円滑にして構造を保ち、猛毒である活性酸素を自
由にからだに取り込むために蛋白質や酵素をコントロールするもの
として、金属はその力を発揮してきたのだ。

つまり単純にいってしまえば金属は、生命体にとって本来猛毒であ
るはずの酸素と闘うために活用されてきたのだ。そこで以下では活
性酸素と金属の戦いについて述べることにしたいと思う｡

[3]へ続く