ライター博物館

カシャッとやすり石を廻わす。ライターオイル独特の匂いと
ともに夕焼けのように輝く赤が燃え上がる。咥えた煙草に炎
を近づけ、静かに最初の一服を吸う。チリチリとかすかな音
をたてて煙草に火が点る。

この一連の動作が、気分を変えるスイッチとなる。なにかに
没頭していた時間がそこで途切れ、文字通り瞬く間に違う時
間が広がりはじめる。煙草を吸う楽しみは、実はこの時間の
スイッチングにあるといっても過言ではない。

セリウムと鉄の発火合金を用いる、いわゆるフリント式ライ
ターが生まれたのはオーストリア。1904年のことだ。以来お
よそ１世紀にわたって煙草好きに利便と至福の時間を与えて
きた。と同時に、卓上型は応接室の装飾品として、ポケット
型は装身具としてその美を競った。時に所有する者の社会的
なステータスさえしのばせながら。

ライターをすぐ消さず、透明に紅く輝く炎をじっと見つめて
みる。点火の前とは異なった時間の中で、輝きに導かれて新
たな思考が生まれる。ゆらめく炎に、さらに思考を委ねてみ
れば、ぼんやりしていながらどこかたしかな芯のある新たな
思索の膨らみが生まれはじめる。炎の魔力なのだろうか。

[データ]
〒131-0033 東京都墨田区向島1-27-6 電話 03-3622-1649
東武伊勢崎線業平橋駅下車。浅草方向に戻って言問通りを右折。道なり
に歩いて緩いカーブを左に曲がった先左。徒歩２分。
休館日●祝日、年末年始開館時間●10：00～18：30 入館料●無料

西洋アンティークショップ IVYインターナショナルオーナーの個人コレ
クション。さまざまな西洋生活アンティークを眺めながらビルの３階に
上がると、その一角に30平米程のスペースで博物館が作られているのに
出会える。館内全体にびっしりと埋め尽くされたアンティークに囲まれ
ているためか、スペースの小ささを感じさせない｡展示品も800点を超え
る堂々とした博物館だ。卓上型をメインに美術品のようにデコラティヴ
なものから、ユーモラスな形のものまで、人々が煙草をくゆらせた生活
の息吹さえ漂わせたライターの逸品たちが、ガラスの棚に並んでいる。
ライター好きには堪えられない空間である。