深海を掘る3

最新鋭の｢地球深部探査船｣

地球の謎、生命進化の姿、そして巨大地震のメカニズム、さらには
明日のエネルギー。深海掘削によって解き明かされるものは、素人
の我々が想像する以上に大きく重要なものばかりだといえる。

20世紀は宇宙開発に大きな力が注ぎ始められた世紀であり、その成
果は今、宇宙ステーション建設へ結びつつある。これに対し我々の
足下である地底への探検は、思った以上に進んでいなかったといえ
よう。だからこそ21世紀は深海底の下に眠る地球の謎に取り組む世
紀となるべきなのだろう。先に模型イラストを示した新しい深海掘
削船は、こうした地球の姿解明の使命を帯びたものであり、その名
も｢地球深部探査船｣と呼ばれている。

ことに人跡未踏のマントルへの到達は、月面着陸に匹敵する科学者
及び人類の悲願でもある。21世紀における新しい科学的課題を担う
船の最新鋭技術に彩られた構造に触れてみよう。

この船には､従来の研究用深海掘削船が持っていなかった｢ライザー
掘削システム｣と呼ばれるものが搭載されている。深海底に降ろし
ていくパイプが｢ライザーパイプ｣と呼ばれるものだ。

このライザーパイプは｢泥水循環｣の通路となる。ここでいう泥水と
は、掘り進む孔の環境をコントロールするために、地層状況に応じ
て比重や粘度、化学組成を調整した特殊な流体のことである。

例えば、泥水の比重を高めることにより、地層圧とのバランスをと
って掘削が安定して行えるとともに、高い圧力を持つ地層内の流体
が掘削孔に進入してくるのを防ぐこともできる。さらに最先端で地
層を掘り続ける掘削ビットの潤滑剤としての役割を持ち、掘り進む
にしたがって上昇していく地熱からビットを守る働きもしていく。

従来の深海掘削船では、石油や天然ガスの吹き出しが予想される層
においては、試料を採取することが難しかった。しかしライザー掘
削システムによれば、こうした試料を丁寧に取り出すことが可能で
あり、試料がもたらしてくれる科学情報は飛躍的に増大する。

パイプについていえば、この船には｢ケーシングパイプ｣を挿入する
能力も備わっている。ケーシングパイプとは、掘り進む孔の壁が崩
れないよう掘削深度にあわせて、孔周辺に段階的にパイプ挿入を行
い、セメントで周辺を固定していく機能を備えたものである。

こうしたシステムを備えていることで、単一のパイプで掘削を続け
ていく従来の研究用方式に比べ、驚くほどの深さまでパイプを降ろ
していける。だからこそマントルまでの掘削も夢でなくなるのだ。

この船では、まず約2500ｍの深海底における掘削から開始し、やが
てはその深度を約4000ｍにまでのばそうとしている。そしてそこか
ら約7000ｍの海底下を掘り抜くことによって、マントルに到達しよ
うというのだ。深海底は地表から見ればマントルまでの距離がより
短い。いわば相対的に地殻が薄いともいえる。だからこそ深海掘削
を行う意味があるのだ。

マントルに到達するには、約4000ｍという途方もない深海底まで降
りていかなければ掘削しきれないものなのだ。ちなみにこれは富士
山の高さより長い距離である。マントルまでの距離は、やはり月面
着陸に匹敵する｢遠い距離｣であるということをしのばせる数字だ。

約10000ｍもの先になるドリルパイプを回転させるのが船上に組ま
れた鉄骨タワーに備えられている｢トップドライブ｣と呼ばれる強力
無比の巨大モーターである。これはいわば深海掘削船の心臓部とい
うことができよう。

そしてこの掘削を安定させるための重要な装置がある。そのひとつ
が｢噴出防止装置｣である。これは海底に開けられた孔の口をふさぐ
ように設置されるもので、多数の安全弁を持ち、石油やガスが突然
噴出してもこれを防ぐ働きをしている。

この装置によって掘削パイプは、突然の圧力変化を受けることなく
安定して掘削を続けることができる。と同時に、突然の圧力変化に
よってパイプが突き上げられ船が転覆する懼(おそ)れもこれによっ
て回避することが可能なのだ。

もうひとつの安定装置が、｢自動船位保持装置｣である。深海掘削船
は一点の孔を垂直に掘り進めなければならない。そのためには海上
にあってドリルパイプを回転させる船の位置が移動してはならない
のだ。船の位置を風や潮流に抗しつつ一定に保つためのメカニズム
が必要となる。これが自動船位保持装置である。

船底にいくつかの推進器(スラスター)を備え、衛星を用いた位置測
定システムＤＧＰＳの情報をもとに、きわめて正確に船の位置を維
持し続ける働きを受け持つのである。

[4]へ続く