｢妖し｣を記したとたん

８日に『｢妖し｣は存在するか』を書き上げ、その夜から友人
たちと修善寺方面へ出かけた。それで｢からしら萬朝報｣も２
日間の休載となった(^^ゞ家族連れを含む８人ほどの小旅行
である。相変わらず楽しい仲間たちであった。いつものよう
に、よく呑み、かつ喋り、かつ笑った(^-^)

子供たちは、車旅や温泉で戯れた疲れもあったのだろう、早
々と寝てしまった。その後は、大人たちによる食後の宴会で
ある。しかし夜も更けてくると、ひとり、ふたりとダウンす
るものが出てきて、やがてたまたま二人だけが起きている状
態となった。周りには彼女の夫や若い友人が既に寝ている。

そんな中で、彼女が｢ちょっと怖い話をしてもいい?!｣と突然
話題を切り替えた。ちょうど丑三時に当たる時刻であったろ
うか。｢どうもさっきから何かいる感じがする｣と語り始めた
のである。とどはそういうものを強く感じる能力が弱いため
か、その感じをはっきりとは分からなかった。

しかし先の原稿を書いた矢先のこの話である。興味のないわ
けがなかった。ただし彼女は、８日に掲載したものを読んで
いて話を始めたわけではない。なぜか唐突にそういう話が始
まったのだ。偶然といえば偶然かも知れない。

貸別荘の玄関から小さな台所を抜けたところが宴会の場であ
る。その部屋と台所を隔てるドアにさっきから影のようなも
のが時折、行ったり来たりしていると彼女はいうのだ。

そして彼女は、さらに語りだした。この部屋ととても作りの
似ている事務所に勤めていた頃、やはり玄関へ通じるドアの
ところで、磨りガラスの向こうからいつも何かが覗いている
感じがして仕方なかったという。そのドアを抜けて玄関口へ
向かうところにトイレがあった。

ある時、彼女はトイレに立った。そして部屋を出てトイレに
入りドアを閉めた。と、その時････いきなりトイレの中全体
がガタガタ揺れ始めた。そしてドアの内側には、いつも部屋
を覗いていた影のようなものが張り付いて見えたという。

その前後にもさまざまに｢妖し｣の話をしたが、さすがにこの
話には鳥肌が立った。単にその話が怖いというのとも違う気
がした。トイレをガタガタと揺らしたその｢妖し｣に、何故か
悪意を感じたからだ。その悪意の深さが、すとんと胸に落ち
た、そういう怖さだった。これまで、こういう類の話を聞い
て背筋がぞっとしたなどということはなかった。自分にとっ
ては初めての恐怖体験だったといっていい。

翌朝、呑み明かしの眠り足りない頭で目を覚ました。４時間
ほども、うとうとしただけだろうか。すこしぼぉっとした頭
で部屋からドアを抜けてトイレに行った。寝る前の話は気に
なっていたのでもちろん覚えている。しかし何ごともなく小
用を済ませて水を流し、左脇のドアに手をかけて開けようと
した瞬間、頭のわずか右脇に、ふんわりした影のようなもの
を感じた。それはただそこにあるだけだった。しかし、そこ
にある、もしくはいるという実感は強かった。

前夜、といっても数時間前の話を思い出して多少ひやりとは
したが、かくべつ何ごともなく朝の支度を始めた友人たちの
中へごく自然に戻って行った。そこには、帰りの旅へ向かう
小さな喧噪が起こり始めていた。そんな日常の時間だった。

｢妖し｣の話を書いたとたんの経験であった。この話には何の
注釈も加えずに、ただ聞いたこととあったことだけをここに
記しておきたいと思う。この強烈な体験に注釈はいらない。